願いの対価、仮面は哂う
著者:自由気儘
「ハッ……ハッ……ハッ……」
“奴等”は人々から富を奪った……
「ハッ……ハッ……ハッ……」
−−人の世を生きる者ではないというのに……
「ハッ……ハッ……ハッ……」
“奴等”は次に人を喰らった……
「ハッ……ハッ……ハッ……」
−−人どころか、霞さえ食べずとも生きていけるというのに……
「ハッ……ハッ……ハッ……」
“奴等”は家に、木々に火を放った……
「ハッ……ハッ……ハッ……」
−−暖をとる必要もない、凍てつく寒さも感じないというのに……
「ハッ……ハッ……ハッ……」
そして、“奴等”は女を貪った……
「ハッ……ハッ……ハッ……」
−−もとより、人に対して劣情など欠片も抱いていないというのに……
ガルス帝国領、その中でも北端に位置する小さな山村。燃えさかる家々や木々から零れる火の粉をかわしながら、一人の少年が駆け抜ける。
まだ10才にも満たない幼い身体は冬の村に降り積もった雪に足を掬われ、時折勢いを増す猛火に怯えながらもひたすら走る。−−魔族が来た。それを伝えるために速く、速く……
魔族−−それはこの世に於いて、人を超え、その上に君臨する存在である。
強大な魔力、静かな叡智、そして肉体を持たないが故の不老−−限りなき命。おおよそ、人類が望む全ての物を彼らはもっていたしかし 故に彼らは自分達より脆くも儚い人間に絶望を送りつけた……
「ハァ……ハァ……ッ…ハァ……」
息を切らせながら少年は唯一の助けと成りうる存在のいる場所−−村はずれの宿屋を見上げていた。
帝国領土の端に位置するこの村には駐留軍人のような保安要員が居ない。その為この村の人々が非常時に最も頼りにするのは冒険者である。彼らは村から村、街から街を渡り歩いているだけはあって何かしらの戦いの術を持っているのだ。特に、一昨日からこの村に滞在しているのは武者修行に明け暮れて旅をする魔法剣士だった。彼ならば魔族を追い払ってくれる。そう信じて少年はここまでやってきたのだった。
「ア……。ア……!!」
少年はできる限り大きなこえを上げながら宿に飛び込んだ。少年は生まれつき喋ることができない。そのことに幼い頃から引け目を感じ、いつか喋れる様になりたいと思ってもいた。けれども、大きな声を上げさえすれば冒険者の耳に入るだろうと声を張り上げる
「ア……ア……」
喉を痛めそうなほどの声を出しても、宿は静まりかえったままだった……
「ア……?」
「何かがおかしい」、と段々少年はそのことに気付いてきた。普通、遠目であれ家が燃えていることに気がついてもおかしくない。戦闘を苦手とするような行商人の類なら我関せず、を貫いてもおかしくないが、ここに泊まっているのは修業の身の魔法剣士だ。真っ先に駆けつけて戦っている方が自然なのだ。
「ア……」
薄ら寒いものを感じながら少年は冒険者の部屋のドアをあける。するとそこには−−
《カラカラカラカラ》
「アッ……!?」
奴等−−魔族の姿がそこにあった……
戯曲に用いられる笑みを浮かべた仮面。それに黒のマントが張り付いただけの簡素な身体。その姿は同じ魔族の間でも異色のものだ。
本来、肉体を持たない魔族は往々にして人の姿を取り、そして自分を含めた全ての破壊を望むものである。位の高い魔族ほどその姿は人に近く、そして美しい姿をするものだ。それならばこの魔族は下級魔族に劣る、最下層の魔族のはずだ。
《カラカラカラカラ》
仮面が呆けた音を立てると、ぬるり、と湿った音とともにマントの下から無数の触手が這い出した。
「……ッ……ア……」
《カラカラカラカラ》
少年の顔が恐怖と嫌悪感に染まるのを見て、仮面が嗤った。
この魔族は人の姿に“なれない”のではなく、“ならない”のである。人に似た姿ではなく異形の姿をとるのも、言葉を喋らずに仮面を鳴らすのも、“仮面とマント”といった「作り物じみた、無機的なもの」を演じるも、全ては「怯える人間を眺める」という趣向・性癖を満たす為だけに行っているのだった。
《カラカラカラカラ》
ゴトリ、と触手の中から何かが落ちた。……それは、人の腕。少年が息を切らして呼びに来た救援者の無惨な姿だった……
「ア……ア……アァ」
《カラカラカラカラ》
少年はもと来た道を全力で走りぬける。もう、なにをどうすればいいか分からなくなっていた。自分を逃がしてくれた姉の下ににただはたすら走った……
少年には姉がいる。優しくて、自分にとってたった一人の家族。自分に助けを呼ぶように指示して、まだうろ覚えの精神魔術で仮面の魔族に立ち向かっている姉。助けは呼べなくなったことを伝え、すぐさまここから逃げだしたい、その思いを胸に少年は走った……
「ア!!……ア!!」
いくら呼んでも返事がない。
「ア!!……ア!!…ア!!……ゴホッ、ゴホッ……ア!!」
そして、その目の先には−−
「ア……(姉……さん)」
−−仮面の魔族の触手に包まれた姉の姿……
「ア……ア……(嘘だ……そんなの……)」
《カラカラカラカラ》
4体の“仮面”の触手が解かれ、何も身体に纏わぬ、少年より少し年上なだけの少女が現れる。その頬にはまだ新しい濡れあとが一筋の線となったままだった……。5体目の“仮面”が合流する。自分の身体を5分割して行動できる“仮面”、その全てが揃った。
「ア……いやだ…イヤだ…嫌だ…………!?」
少年の変化に気付き、“仮面”5体全てが少年に顔を向け、初めて『言葉』を発した……
『おめでとう。キミは遂に、念願の“声”を手に入れた。これはとても喜ばしいことだ。「願いが叶う」、これは我ら魔族にとっても幸福なことなのだよ、我々は、キミを心から祝福しよう』
全く笑えもしないジョークが“仮面”から贈られた
「あ……ああ……ぅぅぅ……ああっ……あぅぅ……………」
そして、少年の理性は限界(リミット)を迎えた……
「うわぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁ!!!!!!!!!!!」
《カラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラ》
少年は、遂に願いを叶えることに成功した。しかし、その対価は余りにも大きかった……
――――管理人からのコメント
……だ、ダークですね……。
いや、上手いんですよ。上手いからこそ、ダークさが際立っているというか、ホラーやサスペンスが苦手な僕としては『もう読むのイヤ〜!』となってしまったというか……。
まあ、それにこういうのを書けないのと、書けるけど書かないのとでは、実力にかなりの差がありますからね。ええ。これもこれでアリだとは思いますよ。
でもやっぱり、次は明るい話を期待します。ええ、切に望みます。
自由気儘さん、投稿ありがとうございました。これからの作品も期待していますね。
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